2015年7月26日日曜日

山崎晃資「高機能広汎性発達障害の診断マニュアルと精神医学的併存症に関する研究」を読む(その2)

山崎晃資「高機能広汎性発達障害の診断マニュアルと精神医学的併存症に関する研究」『高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動の成員の解明と社会支援システムの構築に関する研究』平成17年度 研究報告書

その1の最後の箇条書きを再掲します。
  • 442名中、29例(6.5%)が「著しい反社会的行動」を示している。
  • 442名のうち、18歳以上は197名、18歳以上でHPDDの診断がされているのは44人(22.3%)
  • 29例の内訳としては、HPDDまたはASと診断されているのが11例(38.9%)
  • 仮に、i.「著しい反社会的行動を示しているのはすべて18歳以上のケースである」、またはii.「年齢層を問わず、相談者のうちで高機能広汎性発達障害と診断される人は22.3%程度である」のどちらかが当てはまれば、単純に上記の22.3%と、38.9%を比較することはできるかもしれない
  • つまり、22.3%しかいないはずのHPDDの人が、反社会的行動を示している人の中では38.9%であり、HPDDの診断があると反社会的行動に至る可能性が比較的高いと言えるのではないか
  • ただし、HPDDの診断がついているといえど、反社会的行動に至っていない人の方が多いこと、HPDDの診断がついていなくても、反社会的行動に困って発達障害者支援センターに相談に来たケースがいることも事実である
井出氏の記事では、「高機能広汎性発達障害者の11.1%に反社会的行動が見られたということになる。」としていますが、私の前記の試算からすると、44人の内、11人に反社会的行動が見られた、すなわち、最大で25%、という風にも見積もることができます。相当高いですね。まぁ、そうだとしても、1:3で反社会的行動を取らない発達障害者の方がまだ多い、とも言えますが。

高機能広汎性発達障害の出現率がどれぐらいかは諸説ありますが、仮に0.5%としてみましょう。東京都の人口1300万人の内、0.5%、すなわち6万5千人が高機能広汎性発達障害で、その内、25%、つまり1万6千人が著しい反社会的行動を繰り返す、「危険な発達障害者」なのでしょうか。うーん、そうだとしたら怖いですね。

前記事で、平成16年度は発達障害者支援センター開設からまだ日が浅く、現在の相談件数から比較するとはるかに相談件数が少ないことを書きました。そんな、なんだか得体の知れない新しい相談機関に行くのは、何かをすごく心配していたり、あるいは大変な思いをしていたりして、藁をもつかむ思いの方なんじゃないかと私は思います。ただ単に「この子/人は発達障害なんじゃないか?」というだけでなくて、「一刻も早くなんとかして欲しい」という方ほど、こうした新しい相談機関に早くにつながったんじゃないでしょうか。

このことは、「著しい反社会的行動」を示している29人の内、高機能広汎性発達障害ではない人が18人いた事とも結びつきます。この研究の時期に、発達障害者支援センターに相談に行ったのは、東京都民1300万人のうちで、特に深刻な相談ニードを抱えていた人の頻度が高くなる、というようなサンプルの偏りはどうしたって出てくることでしょう。この平成16年度のデータを元に、発達障害者の内、11.1%~25%が「著しい反社会的行動」を示している、とたとえ言うにしても、それを発達障害児・者全体の傾向と敷衍するのはやや乱暴な議論かなと私は思います。

さて、原文ではどんな考察がなされているかに戻ります。

1)センターで相談を受理したケースなかでは(引用註:原文ママ)、反社会的行動を表しているものが対応に困難を来した。家庭内へのひきこもりやこだわり行動の表出が長期化しており、家族、とくに母親に対する支配的態度や暴言・暴力、器物破損が繰り返されている例が多かった。家族による対応が困難となり、110番通報をして警察の介入を受け、措置入院または医療保護入院になるが、短期間で退院してまた同じような経過を経て入院となるという状態を繰り返している例も多かった。
一方、家庭外で様々な問題を起こしている例もある。(略)
社会支援システムの構築、特に継続的に対応し得る精神科医療システムの構築が急務である。2)さまざまな非社会・反社会的行動を繰り返す人たちの中には、医療機関に入院したり、定期的に通院している例もあるが、本人自身の生活全体をとらえた対応がなされているのは非常に少ない。とくに精神科医療施設におけるHPDDの人々への対応は、必ずしも適切であるとは言い難い状況にある。(略)HPDDやASDの人々との継続的な関わりを経験していない精神科医の場合、見落としてしまったり、対応を誤ったりすることがある。一方、ASが注目されるに従い、少しでも変わった様相を呈する症例に出会うと安易にASと診断する傾向も見られる。


ここまでストレートに書いていて、これは何かを「隠蔽」するための書き方と読めるのでしょうか。また、「精神科医療が白旗を揚げている」と読めるのでしょうか。

私はそうは思いません。

どう見たって、従来の精神科医の知識・ノウハウや、統合失調症などの精神病的な疾病に対する狭義の医学的な入院治療・外来診療のスタイルでは不十分なため、より広い視点を持った新たなシステムを作っていこう、という前向きな姿勢にしか読めません。

これを、「白旗」とくくるのは、端的に言って、悪意に基づいた曲解でしょう。

そして原文の研究1、結論はというと。
従来、HPDDの人々の不適応行動は、全て発達障害に起因するものと考えられ、十分な精神病理学的検討がなされずに画一的な対応がなされてきた。一方、現在の操作的国際診断基準(引用註:DSMなどのこと)を発達障害の人々に適応する(引用註:原文ママ)場合、様々な問題に出会う。発達障害の人々に見られる精神医学的併存症(引用註:反社会的行動を併存症の一つとしている?)の診断は、それぞれの診断基準を発達レベルにあわせて修正する必要がある。そのためには、精神発達、対人スキル、コミュニケーションなどのキーワードを視野に入れた「発達精神病理学」を確立すべきである。
なんだか話があれこれすっ飛んでいて、やはりこの総括ではなく個別の研究報告を読みたくなりますが、普通に読解するならば、一口に「発達障害」といってもそのあり方の多様性があることが話題になっているのは明らかでしょう。DSMのような基準に基づいて診断に当てはめるようなやり方ではなく、一人一人の発達レベルに合わせた見立てを行っていくことで、発達障害の中心的特性ではない、でもある程度の類型性を持った併存症、たとえば反社会的行動などを予見し、予防していこう、という風に読めるのではないでしょうか。

次のその3では、研究2を取り扱う予定です。

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